2023.12.27
デライト・ベンチャーズの投資契約方針について
デライト・ベンチャーズは2019年の創業以来、日本のスタートアップエコシステムの変革と、世界で活躍する起業家の創出を目指し、シード・アーリーフェーズのスタートアップの成長支援を行ってきました。2023年7月には、150億円規模となるデライト2号ファンド(ファンド名称:デライト・ベンチャーズ2号投資事業有限責任組合)をファーストクローズし、投資活動への注力を一層強化しています。
当記事では、日本のスタートアップがより大きく成長していくために、私たちが投資するスタートアップにご提案しているデライト・ベンチャーズの投資契約方針と、その背景をご紹介します。
日本のスタートアップ投資契約の特殊性
そもそもスタートアップ投資では、ベンチャーキャピタル(以下、VC)がリスクをとって金銭を投資する代わりに、起業家は失敗を恐れずに事業にチャレンジし、成功したらVCは分け前をもらい、失敗したらVCが投資した分だけ損をする、そして起業家はその学びを糧に新しい事業にチャレンジできる、というのが、暗黙の前提条件です。投資契約の大きな役割は、お互いが果たすべき義務や責任を決め、モラルハザードが起こらないようにすることです。
米国では過去約50年かけて、VCの責任と義務、起業家の責任と義務のバランスについての取り決めが進化して今に至ります。多様なプラクティスが自然淘汰を経て、エコシステムの発展に最適な手法が生き残ってきたのです。それと比べて、日本のスタートアップの投資習慣には、エコシステムの進化の初期段階によくある特徴が見られます。
その特徴とは、VCと起業家の役割・リスク分担がまだ最適化されていない、特に起業家が金銭リスクを個人的に取らないといけなかったり、スタートアップの大成功のサイズを最大化できる状態になっていなかったりする点です。これはVCまたは起業家のどちらに有利か不利か、という問題ではなく、スタートアップエコシステム全体のROIを最大化するために、まだ進化の余地がある、ということです。
具体的には、日本における投資家とスタートアップとの投資契約は、主に米国を中心としたグローバル基準と比べると特殊な条項が多く、起業家が大きなリスクを取って、大胆に挑戦するのを阻害する項目が含まれているのが現状です。投資家側が過度にリスクを避ける投資契約を求めることで、結果的に、スタートアップの成長速度を遅め、投資家・起業家双方にとって好ましくない状況が生まれています。
こうした課題感は、政府も認識しており、スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針(公正取引委員会、経済産業省 2022)などにおいても、スタートアップへの出資契約について、過度に起業家個人にリスクを負わせる内容について、是正を働きかけています。
デライト・ベンチャーズがリードを取る投資ラウンドでは、VCと起業家の役割分担を世界基準に近い考え方で規定しており、起業家・スタートアップが思い切って大きな成功を狙えることを重視した投資契約を提案しています。契約においては、上場タイミングの自由度を上げることや、起業家自身が個人的な金銭リスクを負わない仕組み、また、ストックオプション(以下SO)を柔軟に発行できる仕組みを取り入れています(※1)。
以下が、デライト・ベンチャーズの投資契約についての考え方です(※2)。
※1 あくまでも基本方針であり、個々の投資契約においては、状況によって異なる取り決めをする場合もあります
※2 本投資方針は、デライト・ベンチャーズがリード投資を行う場合に、提示している方針です
1. 上場努力義務を課さず、スタートアップの長期的な成長の自由度を上げる
まず、デライト・ベンチャーズでは早期に上場しないことがペナルティになるような条項は投資契約に含めない方針をとっています。なぜなら、株式上場はあくまでも手段の一つであり、スタートアップの大きな成長を実現するために、上場という手段を取るかどうかは経営戦略にもとづいて判断するのが望ましい、と私たちは考えているからです。
国内の多くの投資契約においては、慣習的に上場努力義務が規定されていることに加えて、監査法人や証券会社の評価により会社が上場できる状況にあると判断されたにも関わらず上場しない場合、起業家及びスタートアップに「株の買取義務」を課す項目を含むケースが散見されます。
当然ながら上場するとVCなどの投資家は利益が確定できる一方、それがスタートアップの大きな成長にとって必ずしも常にプラスに働くわけではありません。証券会社の目線で上場可能な会社でも、一旦上場すると四半期ごとの財務レポートを求められることや、上場に伴うさまざまなバックオフィス業務が、海外展開などの長期的なチャレンジの足枷になることもあります。現に日本のスタートアップは主要各国のスタートアップに比べると、成長過程のかなり早いタイミングに小さいサイズで上場する傾向があります。
投資家に利益をもたらすことは、スタートアップの一義的な目的ではありません。イノベーションを起こすことが最大の目的で、それを投資家も支援することで、初めて大きな収益を得られます。そして契約書に定められているような監査法人や証券会社の判断よりも、長い期間未上場の状態を維持したまま資金調達を行う選択肢もあるはずです。そのため、私たちは早期の上場を強いる条項は入れていません。
VCの最大の目的は、投資収益を上げることです。スタートアップに未上場でも継続成長の可能性を残すことで、VCとして利益を犠牲にしている訳ではなく、むしろその反対です。アセットクラスとしてVCが適切なリスクを負いつつ、世界の投資家に求められるリターンを実現するのに必要なのは、小規模の上場企業を大量生産することではなく、世界規模の大企業をスタートアップから生むことだと考えます。VCは、ポートフォリオの一部がホームラン級の大成功を達成することで収益を上げます。大成功には時間がかかりますが、未上場のスタートアップが成長することで、必ずセカンダリー市場が発達します。現在、国内のセカンダリー市場が未発達であることは、スタートアップの上場を急がせる理由にはなりえません。
2. 創業者個人に金銭リスクを取らせる条項の撤廃
投資家とスタートアップの間で結ばれる投資契約の多くは、起業家が個人として責任を負うかたちをとっています。例えば1.で示したように上場できるのにしなかった場合や、会社が表明保証(※3)違反をしたときなどには、スタートアップが資金調達を行った際に発行した株式を「買い戻す」約束をしています。そして、会社が買い戻せなかった場合は、起業家個人が会社の代わりに買い戻す約束をしています。
しかしながら、日本の会社法では、剰余金のない会社は自社株を買い取ることができません。実際には、スタートアップの多くには剰余金はないので、実質会社が負うべき金銭的ペナルティは、起業家個人に直接課されているのと同じ状態になっているのです。
上場しないことに対するペナルティはそもそもデライト・ベンチャーズがリードする投資契約には含んでいないことは前述の通りです。一方、会社が表明保証違反をした場合に誰が責任をとるべきかについては、さまざまな議論があります。デライト・ベンチャーズではその場合も、ペナルティが起業家個人に及ばず、法人としてのスタートアップで遡及が止まるかたちをとることにしました。
株式を買い戻す義務を起業家個人に課した場合に、起業家がその資力を持っていることは多くないでしょう。(もしその資力があるのなら、VCからの調達をしないことをお勧めします)つまり買い戻し条項は、起業家を個人破産させる可能性を秘めた交渉上のレバレッジを投資家に与えているにすぎず、それはスタートアップの成功やエコシステム拡大にとっては、プラスよりもマイナスの方が大きいと考えます。
ちなみに、会社による表明保証違反があった場合には、剰余金のない会社は株式を買い戻せませんので、起業家個人による買い戻し義務を消すだけだと、実質ペナルティのない表明保証になってしまいます。そのため、デライト・ベンチャーズの投資契約では、買い戻し額と同じ金額を、違約罰として会社が投資家に支払う約束をしてもらうことで、モラルハザードを防いでいます。(繰り返しますが、あくまでもその義務は会社に留まり、起業家個人に遡及されることはありません。)
※3 表明保証とは、契約の当事者が相手方に対し、特定の時点において一定の事実が真実かつ正確であることを表明し、保証すること
参考:M&Aにおける表明保証と違反の効果(栗林総合法律事務所 2020)
3. 柔軟に発行・付与できる、ストック・オプションの仕組みを導入
近年、ストック・オプション(以下、SO)にかかる税制についてさまざまな議論がなされていますが、デライト・ベンチャーズの投資契約では、米国型のオプションプールの設定の仕方を提案しています。具体的には、各ラウンドごとにプレマネーベースでSOの枠を設定します。この方式では、起業家がSOを柔軟に活用しやすく、また投資家もそれを奨励できる仕組みになっています。
そもそもSOは、スタートアップが優秀な人材を惹きつけるためにも重要なツールですが、実は日本のSOには、税制や法律の問題ではない、より本質的な特徴があります。それは、最初の優先株調達のときに、会社の総発行株式数のN%を上限にSOを発行できる、という約束を投資家とスタートアップの間で取り決めて、その後その枠を原則変更しない点です。
この決め方は非常にわかりやすい一方で、大きな成長を目指すスタートアップの起業家にとっては予想しにくい先々の採用まで加味して、SOを付与する計画を立てなければなりません。また、投資家の視点から見ると、これは自らの持分の希釈を意味するだけで、「適切な」量のSOを会社が発行できるようにすることに、特段のインセンティブが働きません。その結果、日本のSOの総発行株式数に占める割合は10%前後と、米国に比べるとおおよそ半分のサイズに留まっています。
デライト・ベンチャーズの提案する米国型の方式では、各ラウンドごとにプレマネーベースでSOの枠を設定するため、
1)スタートアップにとって、採用計画とセットでSOの付与計画をたてられる
2)そのラウンドの投資家にとってみるとSO枠で自らの持分が希釈することがないので、起業家が人材採用に必要と考える適切な量の枠を設定しやすい
という特徴があります。
ちなみに日本ではSOを税制適格にすることに相当の労力が注がれています。デライト・ベンチャーズは、SOで5億円得られたときの税金が1億円か2億円かの違いよりも、そもそもSOで5億円得られる可能性を最大化する事業成長をあと押しすることの方が、はるかに重要だと考えています。そのために、スタートアップに優秀な人材を引きつけ、公正なSOを柔軟に付与できる仕組みを重視しています。
参考コラム:ストックオプション日米比較
さらに上記1〜3に加えて、投資家と起業家には、投資契約の経験数の違いなどから情報の非対称性が生じることを念頭に、起業家に対しても、投資契約に関する知識の習得と、適切な法律家のサポートを得るよう働きかけています。
以上が、デライト・ベンチャーズの投資契約における基本的な方針です。
こうした投資慣習のアップデートを通じて、スタートアップが臆せずリスクを取って大きな成長を目指せる社会の実現を目指し、デライト・ベンチャーズは今後もスタートアップ支援に注力していきます。
投資についてのご相談については、以下よりお問合せください。
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