2023.6.28
日本のスタートアップが初期からグローバルを目指すべき理由とは?(後編)
※本記事は2023年5月11日、DIAMOND SIGNALに掲載された寄稿記事に一部加筆・修正を加えたものです。
日米のスタートアップ環境に精通した、シリコンバレー在住のマネージングパートナー 渡辺大による本記事。前編では「創業初期からグローバルを目指すべき理由」と「グローバル展開のために必要な視点」について論じました。後編では「シリコンバレーで広がる可能性」と「グローバル展開を行うスタートアップの実例」について語ります。
<前編を読む>
日本のスタートアップが初期からグローバルを目指すべき理由とは?(前編)
シリコンバレーにとりあえず来てみる、というのもアリ
日本の起業家は、次々とシリコンバレーにやってくるべきなのか。ただでさえ、さまざまな障害を乗り越えないといけない起業の過程で、さらに外国に引っ越して不慣れな生活を始める価値はあるのか。答えはほとんどの場合「Yes」だと言いたい。
シリコンバレーには世界各地から起業家が集まっていることはすでに述べた。日本人の起業家も、嬉しいことに少しずつだが増えてきている。そして、他国の移民起業家グループと同じように、日本人起業家の間でも助け合いのコミュニティが醸成されてきている。先人たちのおかげで、独りぼっちで途方に暮れることはないだろう。起業家同士、起業家と投資家がネットワーキングするイベントも、毎晩どこかで行われている。
英語力について不安に思うかもしれない。しかし、自分より語彙(ごい)の少ない他国からの移民が、より自信をもってプレゼンしているのを目にすることだろう。そして、英語の語彙力よりも、言語を超えたコミュニケーション能力や積極性の方が、信頼を得るために価値が高いことを実感するはずだ。
どうせ世界を狙うビジネスを立ち上げるなら、米国で法人を設立し(物理的にカリフォルニアにいても、ビジネスに有利な会社法を持つデラウェア州の法律に基づいた法人を作るのが一般的だ)、シリコンバレーのエンジェルから資金調達した方が、その後の調達の選択肢も広がる。競争が増えるのはもちろんだが、世界中の投資家の投資対象になる。例えばデラウェア法人に対して投資できる日本のアーリーステージ投資家は多いが、日本法人に投資できる海外の投資家は数が限られる。言語はもちろん、日本の法律は世界中の投資家にとってまだ未知の領域だからだ。
シリコンバレーでこれまでに出会った日本人の起業家の多くは、海外生活が初めてだ。家族のしがらみなどが少ない若い起業家、または起業を志す人が世界市場を目指す場合は、思い切ってシリコンバレーから始めることを考えていただきたい。
日本からグローバル展開を行っているスタートアップの例
もちろん日本で起業しても、早いうちに海外展開の基礎を築くことは可能だ。特に日本発だからこそ、海外でも優位性を発揮できる領域はさまざまある。デライト・ベンチャーズが支援している投資先の例を2つ挙げたい。
Beatrustは、社員間のつながりを活性化して、企業内に埋もれている知識や経験をビジネスに活かすためのコラボレーションプラットフォームを運営するスタートアップだ。日本国内で活動しながらも、創業者・原さん(Beatrust代表取締役CEOの原邦雄氏)の米国におけるビジネス経験を背景に、社員の約3割は外国籍で、社内コミュニケーションの大部分は英語で行われている。日本は成熟した大企業の存在感が大きく、そういった企業による社内イノベーション促進や部署間ノウハウの共有というテーマで、世界的に見て大きな投資がなされている国だ。したがってBeatrustのプロダクトは海外の成熟企業にとっても魅力的に映る。国内と並行して米国でも営業活動を始めているが、プロダクトもチームも世界展開を念頭に作られており、スムーズな立ち上がりを期待している。
TYPICAは、スペシャルティコーヒーの生豆を、世界各地のロースターが産地から直接購入できるトレーディングプラットフォームだ。このスタートアップも日本で設立されたが、シード段階からロースター、コーヒー産地とも世界市場を対象にサービスを展開しており、各国にチームを有する。創業者・後藤さん(TYPICA代表取締役の後藤将氏)は、欧州を拠点に常に世界中を飛び回っている。日本はコーヒーの市場としては世界で3番目に大きいだけでなく、その品質に対する要求が非常に高い国であることが知られている。TYPICAは日本発のブランドとしても、世界のコーヒー流通を変革するのにふさわしい立場にあるといえる。
日本という国に期待したいこと
フランス人は英語をしゃべらない、というステレオタイプを耳にしたことがある人は多いのではないか。これはある程度事実だった。フランスの英語教育は、文法や語彙力、作文、翻訳に重きが置かれており、ネイティブ教員が不足していることもあって、実践的な会話が充実していない。これはどこかの国でも聞いたことがある話だ。
ところがこのステレオタイプは過去の話だ。いまや20代のフランス人の8割は英語を流暢に話すと言われている。2010年にフランス政府が始めた“Programme d'Investissements d'Avenir (PIA)”(未来への投資プログラム)という経済改革プログラムの目玉のひとつは、英語教育の改革だった。高等教育での英語による授業の充実や、フランス国外の大学との提携などに政府が投資をし、その結果、若者の英語力が急激に改善した。
このプログラムのもう1つの目玉はアントレプレナーシップだ。フランスの大学で起業のコースや学内インキュベーターも開設された。他の政策の効果とも合わさって、フランスの大企業趣向の保守的なキャリア概念が大きく変わり、いまや起業は人気のキャリアパスと見なされ、フランスは世界に誇るスタートアップ先進国となりつつある。
日本でも、スタートアップエコシステムを経済界で盛り上げるだけではなく、国際人材・起業家人材を育てるための教育の改革を大いに期待したい。
指摘するまでもないが、日本の英語学習に若い国民が費やしているエネルギーは大変なものだ。にもかかわらず、実用的とはいいがたい。日本人の英語力は先進国最下位だ。一方、先進各国の全体的な初等教育水準を測るPISAによると、日本は20カ国中6位で悪くない(数学は堂々の1位、科学は2位)。とにかく英語教育の効率が悪いのだ。日本もフランスを見習って、意味のある時間の使い方に変革する必要があるということに疑問の余地はない。
起業教育についても、社会人になってからではなく、初等教育に組み込んでいくべきだ。僕の3人の子供は、米国の地元の公立学校に通っているが、自分が経験した日本の初等教育との違いに、感心させられている。
米国では小学1年生の時から問題解決や共同作業、プレゼンテーションがカリキュラムの中心にある。小学校卒業式の週に行われる学習の集大成は、なんとデモデーだ。全校生と保護者の前で、自分たちで考えた仮想のプロダクトについて、Y Commbinatorさながらのプレゼンをさせられる。ちなみにプレゼンに含めないといけない要件は、1. きっかけとなるストーリー、2. 課題、3. ソリューション、4. ビッグピクチャー(こんな世の中になるべき)、5. コールトゥーアクション(「買ってください」とか「投資してください」といったアピール)。このフレームワークを、11歳でマスターさせられるのだ。
フランス政府の施策がたった10年で若者のキャリア思考や文化を変えたことには、とても勇気づけられる。スタートアップを通じて日本の世界における存在感を取り戻すことは、我々大人が、子どもたちに負っている責任でもある。どんどん進化している世界の経済や教育に目を向けて、日本のスタートアップエコシステムを盛り上げていきたい。
<前編を読む>
日本のスタートアップが初期からグローバルを目指すべき理由とは?(前編)