2022.1.13
【実録レポート】欧州の2大スタートアップカンファレンスWeb SummitとSlushに見る、投資状況とエコシステムの発展とは?
10年ほど前は、欧州のスタートアップエコシステムは、米国に比べ約10年の遅れをとっていると言われていました。その後米国のエコシステムが進化・拡大したと同時に、シリコンバレー型のスタートアップエコシステムが世界各地に再現され、VCマネーによるイノベーションがもはやシリコンバレーまたは米国の専売特許ではなくなってきました。今回欧州のテックイベント2つに参加し、欧州のスタートアップエコシステムの拡大と発展が急スピードで進んできていて、もはや、米国・欧州の地域を越えた投資やスタートアップによる進出も普通に見られ、VCから見た2つの巨大経済圏が、統一に向かっていることを目の当たりにしました。欧州VCとの対話などと通じて感じたことを、ここでシェアできればと思います。
Web Summit - ポルトガル政府が全面協力のイノベーションイベントとは
2010年にアイルランドの首都ダブリンで初開催された「ギークのためのダボス会議」との異名を持つWeb Summit。エンジニアでありCEOのPaddy Cosgraveがダブリンのスタートアップコミュニティを活性化しようと、自身が開発したプラットフォームを提供してはじめたイベントです。2018年にポルトガル政府が誘致し、開催場所として10年契約を結んだことで、毎年11月にリスボンで開催されています。(アジア版として、2022年に東京開催が決定していましたが、残念ながらコロナ禍により1年延期されるとのこと。)
2019年の開催では、7万人以上が参加していたようですが、2020年はオンライン開催、リアルで行われた2021年の参加者は公式発表で42,000人強でした。参加した投資家の数は2019年は1,900人、2021年は850人+。
Web Summitの特徴としてあげられるのは、以下の4点となります。
1:大企業のエグゼクティブ向けの「Corporate Innovation Summit」、起業家向けの「f.ounders」、VC向けの「VENTURE」がWeb Summit本体と同時並行で開催←私は「VENTURE」に参加
2:シニアマネジメントの数が参加者の50%強。食事・取材スペースなども別棟で用意
3:女性の参加を誘致する施策を実施:女性1名につき1名無料になるなど
4:メディアリレーションを強化し、各国のメディアを誘致
今回は上記の中でも投資家としては日本人の参加が私だけだった「VENTURE」での対話内容を共有できればと思います。
VENTURE : 欧州投資家の招待制カンファレンス
VENTUREが開催されたのはWeb Summitの初日、メイン会場とは別の場所で出席者は200-300人ほどの投資家が招待されたカンファレンスです。日本人は私しかおらず、ほとんどが欧州か米国のVC。独立系VCがほとんどで、CVCの出席もわずかにありました。内容としては、テーマごとに参加者を10人程度のグループに分けたラウンドテーブルに重きが置かれ、全体向けパネルディスカッションとネットワーキングレセプションがその前後に組まれていました。
ポルトガルと欧州の投資状況
参加者全員向けのコンテンツでまず驚いたのが、GDPが日本の20分の1であるポルトガルでのユニコーンが5社あること。また、VC投資額においても2021年9月の時点で$1B超(1,145億円強)。国土が4倍、人口が約10倍の日本のVC投資額が2,138億円(VEC調べ)なのと比較すると、スタートアップへの投資額割合の高さが顕著だということがわかるでしょう。
ラウンドテーブルは、全部で48個のテーマから4つ選んで参加します。クリプトや脱酸素など投資カテゴリーの切り口、投資プラクティス、LP向けコミュニケーションのノウハウシェア系の切り口、クロスボーダー投資やCVCのトレンドなど、多岐に渡るテーマごとラウンドテーブルが設けられ、そこでモデレーターが参加者に質問を問いかけて議論を盛り上げる、というフォーマットです。
私が参加した4つのラウンドテーブルは、テーマに関わらずとにかく高騰しているクレイジーなバリュエーションにどう向き合うか、売り手(起業家)市場のダイナミズムにどう適応していくか、という話題で盛り上がることが多かったです。これはセッション外のランチやネットワーキングでの他の参加者とのスモールトークでも同じでした。
全体としては、バリュエーションもプラクティスも、プレイヤーの多様性も、欧州が米国に追いついている印象を受けました。スペインやドイツのVCと、米国からのVCが、「欧州ではこう」「米国ではこう」という、かつてよく聞かれた比較論で盛り上がることよりも、ここ最近のスタートアップエコシステムの大ブームに対して共通言語で議論しているのを感じたからです。欧州ではシードは各国別にまだ閉じているものの、シリーズA・Bの段階では国境を超えての投資が活発化しいるのが非常に印象的でした。「投資しようとしたシードのスタートアップが、プロダクトがない状態で20Mユーロ(26億円の値段がついて怖気づいたよ」「そうそう、それうちにもあった」などという会話が欧州の違う国のマイクロVC同士で交わされます。シリーズAをターゲットに組成したファンドが、2021年はシードフォーカスにせざるを得なかった、という話も複数VCから聞きました。
「日本も同じか」という質問が私にも向けられましたが、日本のアーリーステージの市場感は欧米とはかなり異なります。日本のスタートアップエコシステムの状態は、世界から見た「経済大国」「テクノロジー大国」としての印象と比べてもかなりギャップがあるといえるでしょう。ただ、このブランドイメージは、今後日本のスタートアップをプロモートしていく上で味方につけない理由はありません。
Slush - 人口あたりのSU投資額は日本の12倍!フィンランドの投資事情を垣間見る
2008年にAalto Universityの学生が立ち上げFacebook Group「Startup Sauna」をきっかけにフィンランドのヘルシンキではじまったSlush。若手、特に大学生ボランティアによる運営が中心でした。(Slush Tokyoは2019年以降開催されていません。)参加者は8,000人強で、内訳はスタートアップ経営者 3,200人、投資家 1,500人ほど。Web Summitと比較すると、よりスタートアップコミュニティに寄ったイベントを謳っています。その他の特徴は以下の通りとなります。
1:出席者は北欧・欧州が中心
2:前日にキックオフとして、起業家、投資家、メディア別のイベントを開催。ネットワーキングも行われる
3:Web Summitと異なり、レガシー企業の出席は少ない
4:Climate Tech(環境テック)をテーマとするスタートアップやファンド、ステージのトピックも目立った
北欧のスタートアップエコシステム
10年ほど前までは北欧、特にフィンランドの経済圏で、大企業が支配していましたが、2013年のノキア携帯端末部門の身売りにより技術者が大量に失業。この人材が起業したりスタートアップに参画したりして、エコシステムが急激に成長しました。その結果、他のエコシステムに比べて40代、50代の起業家が目立ちます。また、ヘルシンキのすぐそばにあるフィンランド第二位の都市Espoo市では、テック系大学Aalto Universityが若いテック人材の輩出母体となり、この街にスタートアップが集中。Aalto Universityの卒業生のなんと7割が、起業またはスタートアップに就職しているとのことです。
投資額でみると、フィンランドのスタートアップ投資は2020年まで€400M〜€600M(約524億円〜786億円)と緩やかに成長していましたが、2021年で急増。年間で$1B超(1,145億円強)、人口が日本の23分の1の約554万人ですので、人口あたりスタートアップ投資額は日本の12倍。Slushには隣国ノルウェーや、海を挟んだエストニアからも多数参加。スカンジナビア3国、デンマークとエストニアの合わせて5国のまとまったスタートアップ経済圏を投資の対象国とするVCや銀行などのプレイヤーが目立ちました。
北欧の投資状況ヒアリング
投資家向けイベントでは、Web Summitに比べ、エンジェル投資家やシードVCの割合多い印象でした。ポルトガルでの会話とは違い、シードのバリュエーションが米国に比べてまだディスカウントである、というフレーズをよく聞きました。ただし、ミドル・レイターステージの投資に関しては、会話はWeb Summitとほぼ共通。欧州のVCから見ると、地元のスタートアップに対してもタイガーなどの巨大ファンドが事前の入念な調査を行ってからアプローチしてきており、いざディールの取り合いになると、条件はもちろん意思決定までのスピードでも勝てなくて悩ましい、という話が記憶に残りました。
日本へのスタートアップ投資に関しては、大型ファンドは注目しています。今回のカンファレンスでも、欧米中の次にアジアに張りたいPEやVCから、情報交換のミーティングを申し込まれました。日本のレイターステージ向け資金が充実してくるのは、間違いのない流れだと思います。
まとめ - 欧州のVC事情は米国に肉薄している。ここから見習いたいこととは?
市場の変化やVC投資における新しい巨大なプレイヤーにいかに対応するか、高騰していくバリュエーションをどう捉えるか、ディールのソーシングや目利きの仕方、VCとしての国境の越え方など、VC関連の話題やプロトコルは欧州が米国に追いつき、欧米間でかなり共通言語化してきた印象でした。
また、ノキアの主力事業身売りにより技術者が大量失業したフィンランドと同じように、2013年のポルトガルの失業率は16.9%にも及んでいました。そこでWeb Summitをリスボンに誘致した元リスボン市長(現ポルトガル首相)アントニオ・コスタが新たな成長産業育成に向けたスタートアップエコシステムの整備に、国を挙げて取り組むことで、自ら雇用を生み出すスタートアップエコシステムを根付かせた、というのも印象的でした(2020年の失業率は6.8%まで低下)。
3年前に訪れたフランスもそうでしたが、過去10年の先進国での経済政策はスタートアップエコシステムの醸成が当然の目玉で、各国目覚ましい成果を上げているようです。日本のスタートアップ政策は残念ながら周回遅れとはなりましたが、むしろ先人から学ぶことが大いにできるので、今後の政府のリーダーシップに期待しつつ、デライト・ベンチャーズとしても大いに貢献したいという思いが改めて強まりました。
デライト・ベンチャーズは、日本のスタートアップエコシステムを発展させるための参考になるような海外の情報も発信していければと思います。ぜひニュースレターのご購読をいただければ幸いです。