2024.7.30
Update on Equity Compensation Key to Startups' Innovative Growth
シニフィアン株式会社 共同代表/Nstock株式会社 エグゼクティブ・アドバイザー 小林賢治氏 × デライト・ベンチャーズ マネージングパートナー 渡辺大 対談
日本のスタートアップが革新的な大成長を遂げるには、投資環境のアップデートが不可欠です。今回はシニフィアン株式会社 共同代表/Nstock株式会社 エグゼクティブ・アドバイザーの小林賢治氏とデライト・ベンチャーズ マネージングパートナーの渡辺大が、スタートアップの長期的かつ大きな成長に必要な投資契約や株式報酬(ストックオプション)の設計について議論しました。日本のスタートアップがグローバル基準で成長するための道筋を探ります。
株式報酬のエコシステム変革がライフワークに
─まずは小林さん、自己紹介をお願いします。
小林:僕は2009年にディー・エヌ・エーにジョインし、人事を担当した後、ゲーム好きを買われてゲーム部門の担当取締役になりました。私が管掌していたゲーム事業は約2年で年間売上1,000億円規模に急成長。当時、米国のゲーム開発子会社を担当していた大さん(渡辺大)とも多くのやりとりがありました。その後、コーポレート部門でIRやM&Aのほか、海外事業の整理などにも携わりました。
その頃から、社会に大きなインパクトを残せる1兆円規模の会社を育てるために何が必要かを考え始め、スタートアップの資金不足と人材不足の解決が必要との考えに至ります。そこでディー・エヌ・エーを卒業し、シニフィアン株式会社を共同創業者たちと一緒に設立。まずは資金面からスタートアップを支援する目的で、レイターステージ向けのグロースキャピタル「THE FUND」を立ち上げ、SmartHRやアストロスケールといったスタートアップへのリード投資を実施しました。
小林:まだ私がゲーム事業を管掌していたころ、エンジニアの給与を大幅に引き上げたことで優秀な人材の採用が一気に強まった経験がありました。その原体験から、やはり優れた人材の採用には報酬の戦略的検討が必要不可欠だと実感しました。ただスタートアップは大企業ほど資金が潤沢ではないので、給与ではなく株式報酬がキーになるとぼんやり考えていました。
そんなことを考えていたさなか、宮田さん(SmartHR創業者の宮田昇始氏、現Nstock代表取締役)から株式報酬に特化した新規事業を立ち上げるので手伝ってほしいと声をかけられ、ファンド事業の投資が完了してひと段落したところでお手伝いすることにしました。
─Nstockでは具体的にどのような取り組みを行っていますか。
小林:Nstockはいくつかの事業を展開しています。その1つが株式報酬の管理ツールです。
今は、ほとんどの日本のスタートアップでは株式報酬をExcelで管理しています。規模によっては何百人にストックオプション(SO)を付与することもあるのに、Excelでの管理は間違うリスクが高く、株式分割や退職者の処理などが煩雑になりがちです。
米国では入社日ごとにベスティング期間を変えるなど、より柔軟なSOの設計が行われていて、SOを管理するツールも充実していますが、日本では画一的に、ベスティングの起算日がIPO時点となるような(人材への)訴求力の低い制度が運用されています。これは法的な問題からそうなっているのではなく、管理しきれずにそうなってしまっているのです。
Nstockの株式報酬管理ツールは、この管理を柔軟かつ簡単にし、経営陣にとって株式報酬を武器として使いやすくします。また、契約書を読んだだけではほとんどの人にとって理解しづらいSOの経済的価値を従業員にわかりやすく可視化することで、株式報酬の訴求力を高め、普及を促進します。
2つ目の事業はまだ構想の段階ですが、非上場株のセカンダリー取引プラットフォーム事業を計画しています。
3つ目も同じく構想段階ですが、スタートアップへの再投資事業に取り組もうとしており、スタートアップで成功した人が、スタートアップへの投資を通じてお金や経験を循環させる仕組みを作ろうと準備しています。
イノベーション創出にはSOを含む多様な取り組みが必要
─渡辺さんは、日本のスタートアップの株式報酬の課題をどのように見ていますか。
渡辺:僕が米国に渡った2008年当時はリーマンショックの真っ最中でしたが、スタートアップのSOに報酬としての本命感は今ほどはなく、ハーバード大学などを出た優秀な人材の行き先としては、シリコンバレーよりまだウォールストリートの方が人気がありました。SOそのものは広く知られていましたが、多くの人にとって、スタートアップが成功してSOのアップサイドを得た人は、知り合いにはわずかしかいなかったのです。
しかし、2012年ごろからFacebookやZyngaなどの大型上場が相次ぎ、シリコンバレーに大量のエグジット資金が流入。多くの若者が一気にミリオネアとなり、SO長者が身近な存在になっていきました。これを機に、SOが高い給与の代わりとなる報酬として、実感をもって認識され、これまではウォールストリートを目指していたようなトップタレントが、スタートアップに続々と参加するようになります。僕は、2012年から2016年頃にちょうどこの変化が起こったのを間近で感じました。
渡辺:現在の日本は、2008年頃の米国と同様の状況にあると思います。日本ではまだ優秀な人材は大企業に集中しており、スタートアップエコシステムを本流にするためには、彼らをスタートアップに呼び込む必要があります。
今後、日本でも大型上場が続けば、米国と同様の変化がやって来るでしょう。それに備え、スムーズな移行のために、法律、商習慣や小林さんの言ったようなツールなどの整備が必要です。シリコンバレーが経験したことを一気に取り込み、SOを日本のスタートアップでも浸透させることが重要です。
小林:アメリカで、経済の中心がウォールストリートからシリコンバレーに移ったのはほんの10数年前だったのですね。
渡辺:そうですね。そしてSOを通じて、創業者だけではなく、スタートアップで働く社員の経済的な立場はもちろん、社会からの捉えられ方も変わり、優秀な人材がアメリカだけではなく世界中からシリコンバレーに集まる傾向が加速したと思います。
僕はスタートアップエコシステムにおいて最も重要なのは、大きなイノベーションが次々と起こることだと思います。SOの仕組みや普及はそれ自体が目的ではなく、イノベーションを起こすためのインセンティブであり、成功者に正当な報酬を配分するための手段だと考えています。
渡辺:日本ではSOの運用が複雑で、上場時の会社の規模が小さく、SOの発行量にも制限があるなど、さまざまな障壁があります。これらの障壁は、関係者を不幸にすることなく解消できるはずです。デライト・ベンチャーズでは、そのような課題の1つに対処するため、会社がSOプールをより柔軟に設定できる仕組み作りに取り組んでいます。ただし、これは“銀の弾丸”(魔法のような特効薬)ではありません。
イノベーションを起こすためには、SO以外にも多くの取り組みが必要です。例えば、創業者個人のリスクを軽減しつつ企業がリスクを取ること、ミドルステージやレイターステージのスタートアップに資金が入りやすい環境の整備などが挙げられます。その中で、SOを含む報酬制度は重要な手段の1つだと位置づけています。
株式報酬の設計と活用を人材獲得のキーに
渡辺:米国では、各ラウンドで10〜15%のSOプール(総発行株式の一定割合をSOとして設定しておき、従業員に付与する仕組み)を設定するのが一般的です。一方、日本では上場時点でのキャップテーブル(持ち株構成)ベースで10%程度のプールを最初に設定することが多く、これを会社が未上場の期間を通じて付与するので、実質的なプールの規模が米国よりも小さく、柔軟性にも乏しくなります。
また、米国では投資家がプールの設定を提案するため、起業家は必要なプールを確保しやすい。むしろ投資家は必要以上のプールを提案して、起業家がそれを下げる交渉をすることがよくあります。
小林:日本のSOプールの設定が米国式と違う背景はなんでしょう?
渡辺:1つには、SOが人材確保のための重要なツールとしてまだ十分認識されていない点があるでしょう。報酬が目的でスタートアップに参画するのではなく、ミッションに魅力を感じる人を採用したい創業者の気持ちも、よく分かります。
一方、米国ではSOは人材獲得のキーになるものと、投資家も起業家も認識しています。もちろんミッションに共感する人でチームを作りたいのは世界共通ですが、スタートアップの挑戦は長丁場です。その間社員のライフステージは、家族を持ったり家を買ったりと変わりますので、長期的な金銭のアップサイドが、社員のコミットメントに大きな影響を与えるのは、既にシリコンバレーで証明されていると言えるでしょう。
小林:米国で実践されてうまくいき、生き残って普及してきたものは、それなりの理由があるわけで、リスペクトと興味を持ってみるべきですよね。投資契約などもそうですが。
小林:Nstockでは「KIQS」という税制適格SOの契約書のひな型を公開しています。これまで広まっていたひな型はスタートアップの採用候補者にとって魅力に欠けるものが少なからずありました。そこで、現行の日本法に適合しつつ、候補者にとって魅力度が高い、つまりはスタートアップにとってより採用競争力を高めることにつながる契約書を、リーガルコストをあまりかけずに作成できるようにしました。
こうしたひな型を用いることで、ゼロから作るよりも圧倒的にコストを抑えられると思います。SOの設計は、初回に一度作成するとその後も継続して使われる傾向にあるため、専門知識が十分にない早い段階で設計すると、べスティングやM&Aなどの重要な論点を見落とすリスクがあります。KIQSの意義は、その基本的な論点を見落とさずにSOを設計できる点にあります。
イノベーションのためには「N=1」の圧倒的成功事例が必要
─大きなイノベーションを日本に起こすために必要なことは、何だと思いますか。
渡辺:日本の起業家や人材のレベルは、全体的には米国に劣らず、勤勉でイノベーティブだと感じています。しかし、米国と比べて圧倒的に起業家やスタートアップ人材が少ないのが課題です。米国では起業家の数が段違いに多く、さらに同じ起業家が何度も起業する。この土台が、突然変異のように突出した成功事例を生み出す要素の一つでしょう。
小林:僕は「N=1」の圧倒的な成功事例を生み出すことを意識した方がいいと思っています。日本の社会が劇的に変化するときには、ルールの変化ではなくある1つの事件がきっかけになることが多いと感じています。例えば、大手広告代理店の悲しい事件をきっかけに働き方改革が進んだように、あるいはメルカリのIPOによって日本のIPOが大きく変わったように、ネガティブであれポジティブであれ、象徴的な出来事が社会全体を変える力を持っているのが日本という国の特徴だと思います。
VCが出資した日本のスタートアップで、時価総額1兆円規模に成長した企業はまだありません。僕は、東京証券取引所にIPOする企業の上場時時価総額の平均値を10%引き上げる取り組みより、1兆円規模の企業を生み出すことに注力し、N=1の成功事例となるスタートアップを全力で応援することが重要だと考えています。
大成功したスタートアップがロールモデルとなるだけではなく、その社員がSOのメリットを享受することで、SOの本当の価値が社会に実感を持って認識されていく。そしてスタートアップがキャリアのメインストリームになる、という流れですね。
大企業にいた優秀な人材や、一流大学を出た学生にとって、スタートアップが人気の就職先になったり、起業がより一般化することが、日本のイノベーション競争力の向上に欠かせないと思っています。
渡辺:大きなイノベーションという観点でいうと、日本企業のR&D力は高く、米国企業にはできないような基礎研究を行っています。例えば、スマートフォン用の高性能レンズは実は日本のとある大企業が、地道なR&Dの結果開発したものが、世界シェアの圧倒的大部分を占めています。この開発を率いた研究者は私の大学の先輩なのですが、失敗を恐れない長期視点のR&D投資に対する会社の姿勢を、熱く語っていました。一方で、米国のような株主資本主義が極端に進むと、長期的な研究開発は難しくなります。
小林:米国の経済全体にとって、シリコンバレーがR&Dセンターのように機能していますね。インテルは二十年ほど前に経営効率化のために10万人の従業員のうち2万人をレイオフしたことがあって、そのときにR&Dを相当削減しました。結果、プロセッサーの微細化技術で台湾のTSMCに後れを取ってしまっています。GEやボーイングなど、かつては米国のものづくりを率いていた大企業も、短期的な利益を優先した経営が批判されていたりしていますね。
渡辺:日本のイノベーションにとって、VCのエコシステムが発展することは必須ですが、大企業の長期的な視線やものづくりの力は日本の強みですし、今後もそうあって欲しいです。経済全体が米国化、特に伝統的な経済の力が失われないようにスタートアップと大企業の共栄を目指したいですね。
Profile:
●シニフィアン株式会社 共同代表/Nstock株式会社 エグゼクティブ・アドバイザー 小林賢治氏
東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コンサルティングファームを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社。執行役員HR本部長を務めた後、モバイルゲーム事業を管掌。その後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括し、2011年から2015年まで同社取締役を務める。2017年7月に共同代表としてシニフィアン株式会社を設立。2019年6月にレイターステージのスタートアップを対象とする総額200億円のグロースファンド「THE FUND」を組成し、急成長企業への投資を行う。2020年10月よりラクスル株式会社 社外取締役。株式報酬を軸にスタートアップの成長を加速させるNstock株式会社のアドバイザーも務める。
●マネージングパートナー 渡辺大
1999年京都大学文学部卒業、大手銀行を経て2000年株式会社ディー・エヌ・エー入社。国内での新規事業開発や営業・提携業務の後、2005年から海外事業責任者を担当。2006年DeNA北京総経理。2008年に渡米し、DeNA Global, President、DeNA Corp., VP of Strategy and Corp Devなど。日本発テック企業による海外進出の厳しさを思い知る。2019年にDeNAグループを退社し、デライト・ベンチャーズを立ち上げ。シリコンバレーと日本を行き来して日本発スタートアップの成長と海外進出をサポートしている。