2023.4.27
Appropriate use of the "toolkit" in investment contracts (Part 2)
※本記事は2023年1月26日、DIAMOND SIGNALに掲載された寄稿記事に一部加筆・修正を加えたものです。
日米のスタートアップ環境に精通した、シリコンバレー在住のマネージングパートナー 渡辺大による本記事。前編では「契約書を自分で理解することの重要性」と「普通株・優先株・コンバーティブルエクイティの違い」について論じました。後編では「ストックオプションの考え方」と「共同創業者に対する考え方」について語ります。
<前編を読む>
スタートアップ成長に不可欠!投資契約における「ツールキット」の正しい活用法(前編)
成功のために押さえておきたいストックオプションの考え方
その他の重要なツールキットについても触れたい。ストックオプションは、スタートアップの報酬制度として欠かすことはできないが、日本ではまだ欧米に比べて十分使いこなせているとは言えない。このツールキットの機能が日本と米国で異なる、という背景もあるし、大きな金銭報酬に対するスティグマ(偏見)という文化面の障害もある。ただ、機能も文化も転換期にあって、この先数年で日本でもストックオプションの使い勝手やイメージも大きく変わってくるのではないかと思っている。
アーリーステージのスタートアップの成功にとって優秀な人材が鍵となることは言うまでもない。大企業と違ってスタートアップの仕事には、決まったジョブディスクリプションはあってないようなもので、チームメンバーが自分の専門分野や得意分野を超えたあらゆる仕事をこなさないといけない。つまりチームメンバーには起業家と非常に近いマインドセットやインセンティブを持ってもらう必要があり、そのためにストックオプションが非常に効果的であることが、各国で証明されてきた。
金のために働きたくない、金目当ての人を社員にしたくない、という心情はいずれも正当であり、ストックオプションをスタートアップで働く動機の主軸に置くのは、雇う側・雇われる側のいずれにとっても理想ではない。一方で、優秀な人材が大企業の安定した待遇を捨てて、20代・30代の大事なライフイベントと並行して長期的に起業家と肩を並べて働き続けるためには、金銭的インセンティブは欠かせないものであることを、起業家自身もよく理解する必要がある。この事実は、入社時のマインドセットには関係ない。
そして、エコシステムが発展していく過程で(自分の回りにストックオプションの受益者が増えていくと)、十分な量のストックオプションを社員に用意できることが、採用の競争力に直結してくると断言できる。
その観点でみると、日本のほとんどのスタートアップのストックオプションは、欧米に比べて発行量が少なく、付与しにくい仕組みになっている。そして、まだ十分に重要なものとして当事者に取り扱われていないと感じる。
日本のスタートアップの多くは、最初の優先株調達の際に、ストックオプションの総量を投資家と約束する。「その資金調達後からエグジットまでに総発行株式数の何%(多くが10%)を上限にオプションを発行する」という決め方だ。この決め方だと、問題が2つある。1つはエグジットがいつになるか分からないので、増えていく従業員にどう分配するべきかを決めにくいという点。もう1つはストックオプションが足りなくなった際など、発行総量を増やしたいときは、株主全員の株式が希釈化する(1株あたりの権利が小さくなる)のでその交渉が難しい、という点だ。
欧米型のストックオプションは、優先株調達のステージごとに、調達直前の株式数にストックオプション用の株式数が新たに追加された上で、1株あたりの価格が決められる。そしてそれがステージごとに繰り返される。つまり、調達時のプレマネー時価総額に、ストックオプションの発行が織り込まれている(潜在株式によって時価総額は変わらない)ということだ。投資家にとってみると、潜在株式が多いほど投資時の株価が下がるので、そのステージのストックオプションは多いほどよい。起業家は、ステージごとにストックオプションの量が設定されるので、採用計画に合わせてオプションの付与計画も建てやすい、という具合だ。その結果、欧米では総発行株式数の20〜25%のストックオプションが発行されるのが通常だ。
この仕組みの違いの詳細は、若干複雑なので別途まとめたい。
進化論的な考え方からみると、日本のストックオプションも欧米型にいずれ変わっていくと予想できるし、すでにその動きは一部始まっている。これも起業家として、資金調達にあたって仕組みを事前に理解しておきたい重要なツールキットの1つだ。
日本では法制度面で「対等な共同創業者」を設定しにくい
日米のエコシステムの違いとしてもう1つ、共同創業者についての考え方に触れたい。米国の投資家は、アーリーステージのスタートアップに対等かほぼ対等な立場の「共同創業者」がいることを日本以上に重視する傾向にある。スタートアップを運営するのは大変で、1人でこなせるものではない、ものづくり以外にも資金調達、営業、組織マネジメントなど多岐にわたる仕事を、創業者も「チーム」として運営した方が成功確率が上がるはず、という考え方だ。
共同創業者がいることで本当に成功確率が上がるのか、についてはシリコンバレーでも諸説あり、断定的なデータはない。しかし米国では対等な共同創業者が多くのスタートアップを運営する前提で、契約上のツールキットが整備されているのは事実だ。
日本では逆に、共同創業者というタイトルは使われるが、最初からいる創業者間の立場や株式持分に大きな差があるパターンが圧倒的に多いと感じる。持分については9対1とか8対2とか、対等な共同創業者というよりも、サイドキック(助手)的な扱いだ。
これは、ケースバイケースなので、一概に言ってしまうのは危険だが、考え方として、共同創業者を迎え入れるにあたって最も重要なのは信頼関係だ。心から信頼できて、10年かかっても成功に向かって一緒に事に取り掛かれる人がいるのであれば、最初から引き込んだ方がいい。そして、まだ成功するかどうかも分からない(むしろ成功しない確率の方が高い)時点で、成功した時の取り分を決めることにエネルギーを費やすよりも、お互い対等の立場で信頼しあえる関係を、持分比率にも反映させた方がよいし、それができる人とチームを組むのが理想だ。
日本は法制度的にそれが若干やりにくい環境にある。つまりツールキットが追いついていないと言える。わかりやすくするために、米国の例を先に説明しよう。
米国では、典型的には最初の優先株調達の時に「リバースベスティング」といって、すでに共同創業者が持っている株式のいずれも、会社が一定期間、原価(共同創業者が取得した価格)で買い取れる仕組みが導入される。そして会社が買い取れる分が、時間が経つに応じて減っていく(一般的には4年間でゼロになる)。例えば、2年目で共同創業者の1人が何らかの理由で辞めた場合、その人が持っていた株の半分は、会社が買い取る。途中で信頼関係が崩れた場合や、共同創業者1人の気が変わったときなど、辞める人が大事な会社の株を持っていかないようにする仕組みだ。
日本の場合は会社法の規定で、スタートアップが自社株を買い取ることがほぼできない。そのため、上記のような仕組みがそのまま導入しにくく、リバースべスティングで買い取る主体が他の株主になることがほとんどだ。また税制の違いで、原価では買い取りにくく、時価での買い取りとされるのが一般的であり、創業者が辞める際に、誰がいくらで買い取るのかについて、必ず一悶着(ひともんちゃく)あるといってよい。
加えて慣習上、リバースべスティングの対象とされるのは、持分が少ない方の創業者だけであることが多い。これだと、リバースベスティングそのものが実務上使いにくいだけでなく、信頼関係の面では共同創業者というより、ボス・部下の関係を確定させるようなものだといえる。心から信頼できる人を共同創業者として呼び込む場合も、思い切って創業者株を割り当てにくい、という事情だ。これも、エコシステムが進化するにつれ、変わっていくと予想する。
ツールキットの目的を理解することはエコシステムそのものの理解につながる
ここまでいくつかのツールキットを取り上げて、日米の違いを挙げて解説した。この記事を読んだ起業家に理解して欲しいのは、その違いそのものではなく、個別のツールやツールキットが持つ根幹の考え方やその目的だ。
これらツールの集合体は、スタートアップエコシステムが何十年もの歴史をもつ米国を中心に、何万件もの資金調達を経て進化した結果、今の形に至っている。このツール群を理解することは、スタートアップエコシステムそのものの考え方を理解することに等しいと言ってよいと思う。
初めての起業家にとって、ツールの集合体である投資契約書をすべて読み込むことはなかなかハードルが高いのは確かだろう。そこで、専門の弁護士が書いた入門書が数々あるので、ぜひそれを読むことから始めてみてはどうだろうか。日本国内の調達実務については、できるだけ新しく出版された書籍をおすすめする。米国調達実務についての日本語書籍としては『VCの教科書:VCとうまく付き合いたい起業家たちへ』(東洋経済新報社)が私の推薦だ。そして弁護士の力を借りながらも、契約書の交渉には自ら理解した言葉で臨んでいただきたい。
<前編を読む>
スタートアップ成長に不可欠!投資契約における「ツールキット」の正しい活用法(前編)